LOGIN「それは違う。」蓮は静かに切り出した。「おそらくカインの母親は、貴族の誰かと関係を持って男の子を産んだのだろう。ただしその貴族には僅かだが王家の血が流れていた。推測になるけど、カインの父親は、何代か前に王家の血をひいた女が嫁いだ貴族の血筋なのかもしれない。」最強の魔法使いである蓮がそう言うのなら、それが真実なのだろう。智也は息を潜めて続きを待った。「とはいえ、俺が見る限りカインに流れる王家の証である青い炎はごく僅かだ。あれでは、いくらカインが努力しても王家の証である魔法使いとの契約はできないだろう。」智也は胸が重くなった。カインがいくら否定しようと、彼が現王の実子ではないというのが事実なのだ。「それが真実なら、カインに王家の証である魔法使いとの契約ができないのは当然だわ。それなのに、母親は幼いカインに魔法使いとの契約を強要した。それがどれだけカインを傷つける行為か、分かっていたはずなのに……」(可哀想なカイン……)智也は胸が痛んだ。王家の濃い血を引かない彼に、魔法使いとの契約ができるはずがない。それなのに母親に責め立てられるようにして、何人もの魔法使いを宛がわれ、契約を強要された。契約などできるはずもなく、己の無力さに打ちのめされたのだろう。そんな時に、腹違いの弟が少女『トモ』と王家の証である魔法使いの契約を果たし、カインの目の前に現れた。その『トモ』に、自分が王家の血を引いていないと指摘され、カインは恐怖のあまり剣を掴み、斬り殺してしまった。そして今もその身に『トモ』の呪いを受け、苦しみ続けている。「『トモ』を殺して呪いを受けたことは自業自得かもしれないけど……私は、カインを責める気になれない。できるなら、カインの呪いを解いて、苦しみから解放してあげたい。」智也がそう言うと、蓮はぎゅっと彼を抱きしめ、耳元で優しく囁いた。「俺はお前がどんな選択をしようとも、お前のことを命がけで守る。お前が子を産むならその子も俺が守ってやる。」蓮は少し間を置いて、続けた。「だから、『トモ』のばあさんに何を言われても怖がることはないぞ。大丈夫だからな。さあ、ギルミットの血をひく最後の末裔に会いに行こう。」蓮はそう言うと、カインから受け取った牢獄塔入りの許可証を手に、石の塔の木の門に近づいた。門番はいなかったが、塔全体に強力な封の魔法陣が刻まれているのが智
牢獄塔は、主に王国に反逆した政治犯が投獄されているらしい。強盗や殺人などの一般犯罪を犯した者は、別の牢獄所に収監されるのだと、蓮が教えてくれた。彼は智也の知らないことをよく知っていた。王宮の図書院に連日通い、この国の歴史や常識を勉強しているらしい。勉強嫌いの智也には、毎日図書館に通うなど考えられないことだった。想像しただけで眩暈がする。「蓮って元の世界にいた時から、知識欲が強かったよね。分からないことはとことん調べるタイプだったけど、異世界に来てからますますその傾向が強くなったみたいだね。感心するよ。私には到底できないな。」「智也は勉強しなさすぎなんだよ。異世界で生き残りたいと思ったら、まずはこの世界のことをよく知ることが肝心だろ。文字や言葉、生活習慣は魔法で他人の脳をスキャンすれば大体の知識は得られるが、人によって結構まちまちでさ。それで王宮の図書院に通い始めたんだけど、これが意外と面白い。王宮の蔵書は偏見の塊だけどな。」「偏見の塊?」智也が聞き返すと、蓮は薄く笑って続けた。「特に歴史書は最悪だな。どの国も大概そうだろ? 自国に都合の悪い歴史は捻じ曲げられる。王国の成り立ちや初代王の偉大さを讃えた本は山ほどあったが、王国に反旗を翻した人間や民族に関しては鬼畜扱いしたものばかりだった。」「そうなんだ……じゃあ、ギルミット一族のことも鬼畜扱いされていたの?」智也が聞き返すと、蓮は頷きながら牢獄塔の最上階を指差した。「ああ、ギルミット一族について書かれた書物は結構あったぞ。初代王が最大の犠牲を払って駆逐した史上最悪の一族だって書かれていた。呪いを得意とする魔法使いの集団で、その呪いは複雑な魔法陣で構成されていて、一度掛けられると容易には解けないらしい。初代王はその呪いを恐れて、大量の兵士でギルミット一族を奇襲し惨殺したんだ。逃げ出した者たちもほとんど狩り出され、酷い拷問を受けた末にこの牢獄塔の最上階から突き落とされて処刑されたらしい。」智也は両手をぎゅっと握りしめ、牢獄塔の最上階を見上げた。灰色にくすんだ石の塔が、王国に反逆して死んでいった人々の墓標のように見えた。蓮がそんな智也の肩をそっと抱きしめてくれた。「この牢獄塔が王国の首都アザンガルドに程近い場所に建てられたのは、王国に反逆心を抱くことがどんな結果を招くか、国民に見せつけるためだったら
つわりから回復した智也は、ドレスに着替えると蓮と共にカインの部屋へと向かった。カインは相変わらず忙しそうに、机に積み上がった書類にサインや判子を押していた。しかし智也が部屋に入ると、彼は嬉しそうに微笑んでその手を止めた。その笑顔を見た瞬間、智也の胸がきゅんと強く鳴った。 (あなたの子供を妊娠したんだよ——)思わず口にしそうになり、智也は慌てて言葉を飲み込んだ。カインは智也にソファへ座るよう勧めると、自分も仕事を中断して隣に腰を下ろした。そしてそっと智也の手を取り、優しく微笑みながら言った。「病に伏していると聞いて、心配していたんだ。顔色は良いみたいだが、大丈夫なのか、トモヤ?」「ごめんね、心配かけて。でも、ただの風邪だったみたい。もう元気になったから。あ、お見舞いのお花と果物、ありがとうね。」「そうか……風邪だったのか。実はユリアスがお前が妊娠しているかもしれないと言ったものだから、ついその気になってしまって、ベビーベッドを最高の職人に作らせていたのだが……早とちりだったようだな。風邪の具合はもう良いのか? 苦しくはないか?」「ベビーベッド……! それは……あー、えっと……あとで見せてもらってもいい? そうだ、カインの方は体調はどうなの?」智也が聞き返すと、カインは薄く笑って答えた。「相変わらずだ。背中の魔法陣が時々暴れだして苦しい時もあるが……もう慣れたし、平気だよ。」(慣れるはずがない)智也は胸の中で強く否定した。あの、拷問のように痛みと苦しみを与え、じわじわと死に至らしめる魔法陣を背負って、慣れることなどできるはずがない。平気であるはずがない。智也は真剣な表情でカインを見つめ、切り出した。「ねえ、以前に約束したよね。私が牢獄塔に幽閉されている『トモ』の祖母に会うことを許可してくれるって。正式な許可書が欲しいのだけれど……書いてくれる?」「本気で、あの老婆に会うつもりなのか? 何も話はしないと思うが。それに牢獄塔には他にも囚人が投獄されている。あまり気分のいい場所ではないよ。トモヤは行かない方が良いと思うが?」「私は、カインの呪いを解きたいの。あなたの側室となったからには、私ができることを全てやりたい。一緒に蓮についてきてもらうことになっているし、何の心配もいらないから。」「トモヤ……」不意に、カインに強く抱きしめられた。
「うげー……駄目だ、気持ち悪い。蓮……魔法でつわりを何とかできないか?」智也はぐったりと自室のベッドに横たわっていた。すると妹のモモが涙目になりながら這い上がってきて、彼のお腹の上に馬乗りになった。「死なないでくだしゃい、智也おにーちゃま! モモはしんぱいでしゅーっ!!」「うげぇえ……吐く、吐いちゃうよ。モモ、死にそうになるから……お腹の上に乗らないで……げふっ。」智也の言葉など届いていないのか、モモは馬乗りになったまま泣きじゃくり続けた。 智也は仕方なくモモを抱き上げ、頭を優しく撫でながらベッド脇のソファに座らせた。その様子を見ていた蓮が口を開いた。「つわりを魔法でどうにかしろと言われてもな。妊娠したら起こる自然現象だろ? 魔法で止めることも可能かもしれないが、医学的に問題があるんじゃないか?」「そんなことねー……うげぇ。親戚のお姉さんが妊娠したときは、つわりが酷くて何も食べられなかったから医者から吐き気を抑える薬をもらったって……ぐへっ……らしい。頼むよ、蓮。気持ち悪い……死ぬ……」「わかった。じゃあ女医のギーナに相談して、悪阻を和らげる薬液があるか聞いてくる。それと、モモもギーナに預かってもらうか? またお腹に乗られたら苦しいだろ?」「ううっ……すまない。妹のことはくれぐれもよろしくと、先生に伝えておいてくれ……うげぇ……」(悪いな、モモ猫。お前は可愛い妹なのに……今は正直、ウザい……)智也は心の中で妹に謝りながら、蓮がモモを抱き寄せて瞬間移動で治療院へ消えるのを見送った。 部屋が急に静かになると、途端に寂しさが込み上げ、つわりの苦しさが再び強くなった。智也は布団に潜り込み、蓮の帰りを待った。十数分後、蓮が薬瓶を持って戻ってきた。青白い顔でベッドから顔を覗かせている智也を見て、心配そうに声をかける。「おい、智也。大丈夫か? ギーナに聞いたら、つわりの治療薬はあったぞ。それとモモも預かってもらった。これが薬だ。」「うう……蓮、友情に感謝。」「友情ねぇ……一度はセックスしかけた仲で、友情は成立しないだろ?」蓮はぶつぶつ愚痴を言いながら薬瓶を差し出した。智也は起き上がって受け取り、蓋を開けた瞬間、強烈な悪臭が部屋中に広がった。「うげぇえ、駄目だ……臭いし苦い!! これ以上飲めるか……吐く、絶対吐く!!」智也はヒステリックに
蓮は智也を抱きしめたまま、その耳元で囁いた。「悪い……俺の嫉妬だな。俺はお前とセックスできないのに、カインはお前の体を抱いて、喘がせることができる。お前が快感の声を漏らすのを見ていたら、自分が惨めになってきたんだ」蓮はそこで一度言葉を切った。智也を抱きしめる腕に、わずかに力がこもる。「俺は、お前とセックスもできない。いっそのこと、青い炎を消すためにアーサーを殺して、魔法使いの契約を解こうかと考えるほどにな」「蓮!!」智也が思わず声を荒げると、蓮は自嘲気味に笑って答えた。「分かっている。アーサーを殺したりしない。あいつは、お前の『愛する人』だしな。元の世界に帰れる鍵でもある」蓮はそこで目を伏せた。「分かってるけど……辛いんだ。お前を抱きたい」「……無理だよ、蓮」智也は眉を寄せた。「分かっているだろ? お前に抱かれたら、私は焼け死んじゃう。それに、元の世界に戻った時に、普通の友達としてやっていけるか自信が無いよ」智也は躊躇いながらも、言葉を続けた。「なあ、私じゃなくて他の女じゃ駄目なの? この世界って美人がいっぱいいるし、蓮が相手ならどんな女でも応じるはずだよ?」智也の言葉に、蓮はしばらく黙り込んでいた。やがて、諦めたように口を開く。「色んな女を抱いているよ、俺は。お前が知らないだけでな」その声は妙に乾いていた。「でも、抱きたいのは……。いや、もういい」蓮はそう言うと、智也を腕の中から解放した。そして、背を向けたままカインの部屋の窓辺へと歩いていく。窓辺に寄りかかり、ぼんやりと庭園を眺めながら口を開いた。「一つ、忠告してもいいか?」「何?」「お前はこの世界の人間じゃない。いつかは元の世界に戻るんだろ? だったら、この世界に未練を残すような真似はしないほうがいい」智也は首を傾げた。「蓮、何が言いたいの? アーサーのこと?」智也は静かに続けた。「それなら、もう覚悟は決めているよ。彼とセックスしてこの世界から元の世界に戻れるのなら、仕方ないことだよ。それに、元の世界に帰れば私は男だよ。いつまでも同性のアーサーのことを引きずって生きたりはしないよ」「アーサーのことじゃない」蓮は振り返らないまま、低い声で言った。「……もし、カインとの間に子供が生まれたらどうするんだ?」「え?」智也は思わず言葉を失った。……子供?蓮
「すまない……この魔法陣は、不定期に発動するんだ。こんな姿……お前に見せたくなかったのに……悪かった。ぐっ……うう」呪いは不定期に発動し、一気に命を奪うことなくじわじわとカインの体を蝕み、苦しめる。ついさっきまでの甘い余韻など一瞬で吹き飛ばし、鋭い痛みがカインの全身を駆け抜けていく。まるで、ゆっくりと死に追いやるための拷問のような呪いだった。これを、カインは十一歳の時からその身に受け続けてきたというのか。智也は、青ざめた顔で苦しむ彼を見つめた。肌には脂汗が浮かび、呼吸は浅く乱れている。見ているだけで胸が潰れそうだった。「医者を……ギーナを呼んでくるね!!」「いや、いい。それより、彼女から痛み止めの薬液を貰っている。それを取ってきてくれないか」カインがかろうじてそう言った。智也は彼の指差した先へ慌てて駆けた。タオルに包まれたガラス瓶を見つけると、震える手でそれを持って戻り、カインに飲ませる。薬液を飲んだ途端、彼は糸が切れたように意識を失った。よほど強い薬なのだろう。気を失うほどでなければ、この痛みから逃れられないのかもしれない。だが、気を失ってなお、カインは苦しげに小さく呻いていた。智也はぽたぽたと涙を零しながら、彼の名を呼び続けた。「カイン……しっかりして。お願い、死んだりしないで。『トモ』に負けないで」返事はない。不意に、智也の裸の肩へバスタオルがかけられた。はっとして見上げると、そこに立っていたのは蓮だった。「蓮!!」「カインを魔法で部屋に移す。お前も一緒にいくか?」「もちろん」蓮は短く頷くと、一瞬のうちに浴室からカインの部屋へと移動していた。気付けばカインは夜着を着せられ、ベッドに横たえられている。智也もまた、蓮の作ったドレスを身に纏っていた。蓮は、ベッドに眠るカインの顔を覗き込みながら静かに口を開いた。「カインがお前の『愛する人』なら、体を重ねた時点で智也は元の世界に戻れたはずだ。だが、そうはならなかった」そこで一度、蓮は言葉を切った。「カインが呪いを受けていることへの同情から、あいつを受け入れたのか? 智也」その声には、冷えた響きの奥に嫉妬が滲んでいるように思えた。智也は蓮の背中を見つめながら、躊躇いがちに口を開いた。「同情……というより、『トモ』への対抗心かな」智也の言葉に、蓮がゆっくりと振り返る。そして、
正妃フレアは、裸でカインの部屋を抜け出して以来、自室に閉じこもって外に出てこないらしかった。入室も限られており、今は親しい侍女だけが出入りを許されていた。特に男性の入室は完全に拒絶され、彼女と契約している魔法使いのギルドでさえ入れないらしい。智也は、妹のモモを連れてフレアの部屋を訪問した。カインの側室が正妃の部屋を訪ねたことで、お付きの侍女はおたおたしていたが、すぐにフレアに智也の訪問を伝えてくれた。すると、開かずの扉のように閉ざされていたフレアの部屋の扉を、彼女自ら開けてくれた。「トモヤおねーさまーーー!!」「うわぁあ!!」扉から飛び出してきた彼女は、智也に抱きついてきた。智也は彼
女医のギーナは智也をじっと見つめながら、口を開いた。「まあ、とにかくお前には救えないよ……トモヤ」ギーナは淡々と告げた。「レンでさえ、その呪いは解けないと言っていたからな。まあ、あいつが本心を言っているのかどうかは、私には分からないがな」智也は唇を噛み締めた。やはり、簡単には解けない呪いなのだ。「そうそう、カインがお世継ぎを欲しがっているといったな」ギーナは話題を変えた。「カインは亡き母親に王位を継ぐ事を幼少期から何度も誓わされたのだ。その誓いをかなえる為に、現王が亡くなる前に世継ぎを得て、自分が王より先に死んでも自分の子に王位を継がせる事で……亡き母の誓いに報いたいと思ってい
次期王位を継ぐカインと正妃のフレアの婚礼の儀は、とても盛大で華やかなものだった。現王の契約魔法使いが魔法で占った吉日に、婚姻は王宮の婚儀の間で執り行われた。王国の首都アザンガルドは祝賀ムードに包まれていた。首都に住む国民も辺境からはるばる来た少数民族や、豪商、豪農もそれぞれ祝いの正装を身にまとい華やかだった。朝から祝いの酒を飲むためにパブは開放され、花束を売る商人や食べ物を売る商人がいてアザンガルドは商業的にも賑わっていた。その首都の中心にある王宮は、さらに華やかだった。王族、有力貴族はもちろん、辺境を治める諸侯もこぞって若い二人の門出を祝って煌びやかな馬車で王宮にやってきた。その
「なあ、蓮。お前、アーサーの心を覗くことができるか?」智也は城の廊下を共に歩く蓮に、囁くように聞いた。蓮はちょっと眉を顰めながら、口を開いた。「アーサーの心の何が知りたい、智也?」「んっ。それは……カインを恨む心がまだあるのかとか、王位に付く野望があるのかとか」智也がそう言うと、蓮は薄く笑って口を開いた。「違うだろ、お前が知りたいことは?」蓮はそう言うと立ち止まって、智也の腕を掴むと廊下から中庭に抜ける回廊の方に向かい歩き出した。「ちょっと、なんだよいきなり!」「中庭に、恋人同士にぴったりの白いベンチがあるんだ。薔薇の植え込みに隠れて目隠しになる。そこへ行く」「……恋人同